■『甘口辛口』新潟日報■

大根役者

演技の不味い役者のことを“大根役者”というのは誰でも知っているが、その語源は、実に沢山ある。

大根の鈍重な形からきたという説、大根は、いくら食べても当たらないからという説、また、大根役者は、もともとは、うまい俳優のことを言っていて、大根は捨てるところが無いからという説。昔、歌舞伎の立役者が顔料(との粉)を落とす時に大根を用いており(との粉は鉱物からできていた為、その解毒に大根のジアスターゼが用いられた)、その大根を立役者の脇で切っていたお付きのことをそう呼んでいたという説など様々である。

“大根”は冬の季語、“大根蒔”は秋の季語、“大根の花”は春の季語。大根役者という語源が何にしろ、様々な季節の季語に使われる野菜なんて素敵ではないか。ちなみに私は、品質は悪いが、他の大根が無い時に、重宝がられる“時無し大根”(春の大根の一種)といったところか?


蕎麦幽霊

稲川淳二さんと長野の秘境へ取材に行った帰り、二人、夜行列車でトコトコ帰るハメになった。淳二さんは、いつものごとく、幽霊の話を始めた。

列車の中は人影も疎ら……窓の外は、真っ暗な銀世界……私は背筋がゾクゾク。「それでね……その女性は……」いきなり、電車がキキキッと止まった。すると淳二さんは、大きな目を飛び出さんばかりにし、「うおっ!あああーっ!」と叫びながらダダッといきなり電車から降りてしまった。

……ど、どうしよう!霊にとりつかれてしまったのかしら?……私はブルブル、オロオロ。発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。すると何か背中から、ぬ うーっと……「ぎっ、ぎぇえおあーっ!」「あ、アチアチアチーっ!」湯気の立った立ち食い蕎麦を手にした淳二さんが立っていた。「これを食わんとね」

ゴトゴト揺れる夜汽車の中で、ふうふう啜る蕎麦は、取材先で 食べたどんな珍味よりも旨かった……。「それでね、その女性がね……。」蕎麦は、喉元で止まった。


浴槽の鯉

私が10歳くらいの頃、干拓事業で鎧潟が埋め立てられた。埋め立て中の潟では、沢山の鯉がまるで戦火のごとく飛び跳ねていた。まるで空へと逃げ延びようとしているような、残酷で美しい命の舞……。

私の父は、その鯉を、度々家に持ち帰り、“洗 い”にして食卓に出した。私はどうしても箸をつける気にならず「こんなに旨い物なんで食べないんだ!好き嫌いするんじゃない!」と怒られていた。

ある日、父は「見てみろ、大きな鯉だろう。」と風呂場の浴槽を指さした。泥を吐かせる為、いつもは盥に放つのだが、子供の私が無邪気に喜ぶと思ったのだろうか、浴槽に放ったのだ。四角い浴槽の角角に頭をぶつけながら、泳ぐ鯉。私は、浴槽の側を離れることができなくなり、ずっと風呂場にしゃがみ込んでベソをかきつづけた。2、3度、扉のガラスに父の影を感じた。

何時間か過ぎ、窓から差す夕日が、鯉を優しく抱き込む。鱗が涙の粒のようにキラキラ光る。そしてその鱗が輝きを失なった頃、風呂場の扉がガラリと開けられた。父は、無言で鯉をわしづかみにし、台所へ消えた……。その日から、父は私に鯉を食べろと言わなくなった。

HomeContents TopNextMail